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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(行ツ)113号 判決 1978年9月19日

上告人 札幌陸運局長

訴訟代理人 蓑田速夫 渡邊剛男 岩渕正紀 村長剛二 ほか八名

被上告人 前川太一

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人貞家克己、同仙田富士夫、同岩渕正紀、同村長剛二、同上野至、同末永進、同大井邦夫、同桜井勇、同荒井正吾、同高島等、同多田博英、同佐藤吉三の上告理由第一点について

一般自動車運送事業の免許に付された期限の変更を許すかどうかは、道路運送法(以下「法」という。)一二〇条二項の趣旨に従い、これを許すことが公衆の利益に反しないかどうかを基準として審査すべきものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

同第二点について

一  原審の確定した本件の事実関係は、おおむね次のとおりである。

1  被上告人は、昭和四一年七月八日、上告人から、一般乗用旅客自動車運送事業(ただし、一人一車制のいわゆる個人タクシー事業)の免許(以下「本件免許」という。)を受けた。右免許には、当初、昭和四四年七月一五日までとの期限が付されていたが、被上告人からの申請に基づき、同月七日、右期限は、昭和四七年七月一五日までと変更された。

2  被上告人は、同年六月一九日、上告人に対し、再度、本件免許期限の変更を申請をしたところ、上告人は、同年七月一四日、被上告人に対し、右期限の変更を許さない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。右処分の理由は、要するに、被上告人は後記(三参照)の罪を犯して刑罰に処せられた者であるから、本件免許期限の変更を許すことは法六条一項四号、五号所定の免許基準に適合しない、というのである。

二  ところで、免許期限の変更の許否が、法一二〇条二項の趣旨に従い、これを許すことが公衆の利益に反しないかどうかを基準として審査すべきものであることは、既に説示したとおりであるから、本件免許期限の変更の許否も右の基準に照らして審査すべきものであり、上告人が法六条一項を基準としてこれを審査したことは、誤りであるといわなければならないが、上告人は、原審において、予備的主張として、仮に免許期限の変更の許否は、法一二〇条二項の趣旨に従い、これを許すことが公衆の利益に反しないかどうかを基準として審査すべきものであるとしても、被上告人の本件免許期限の変更を許すことは公衆の利益に反し、右基準に適合しないから、いずれにしても、本件処分は適法であると主張した。これに対し、原審は、本件処分は法六条一項を審査基準としてされたものであるから、裁判所としては、上告人主張のような審査基準の転換を是認して本件処分の適否を判断することは許されないとして、右予備的主張を主張自体失当として排斥した。

しかしながら、一般に、取消訴訟においては、別異に解すべき特別の理由のない限り、行政庁は当該処分の効力を維持するための一切の法律上及び事実上の根拠を主張することが許されるものと解すべきであるところ、本件においては、右特別の理由があるものとは認められない。原審は、審査基準の転換が許されない理由として、審査基準を異にする処分は別個の処分と考えられること、及び上告人が行政庁として依拠していない審査基準によつて裁判所が本件処分の適否を判断することは司法審査権の及ばない事項について判断することになるおそれがあること、を挙げている。しかし、本件処分は、被上告人からの本件免許期限の変更を求める申請に対する応答としてされたものであり、しかも、本来、法一二〇条二項の趣旨に従い、免許期限の変更を許すことが公衆の利益に反しないかどうかを基準としてその許否を審査すべきところを、誤つて、法六条一項を基準としてこれを審査したものにすぎないのであるから、いま、裁判所が、法一二〇条二項の趣旨に従い、免許期限の変更を許すことが公衆の利益に反しないかどうかを基準として本件処分の適否を判断したからといつて、これによつて本件処分と別個の新たな処分をしたことになるとはいえないし、また、司法審査権の限界を逸脱したものであるともいえない。原審は、また、上告人が依拠していない審査基準によつて裁判所が本件処分の適否を判断することは、被上告人から本件免許の期限変更についての法律の定める行政手続の保障をはく奪することにより許されないとするが、法一二〇条二項の趣旨に従い、公衆の利益に反しないかどうかを基準として免許期限の変更の許否を審査する場合について、法六条一項を審査基準とする新免許の付与の場合よりも一層丁重な手続を踏むことが法律上要求されているわけではないから、いま、裁判所が、法一二〇条二項の趣旨に従い、本件免許期限の変更を許すことが公衆の利益に反しないかどうかを基準として本件処分の適否を判断したとしても、被上告人から法律の定める行政手続の保障をはく奪することにはならないものといわなければならない。それゆえ、原審が上告人の前記予備的主張を主張自体失当として排斥したことは、法律の解釈適用を誤つたものというべく、右の違法は、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

三  そこで、すすんで、右予備的主張の当否について検討するのに、原判決によれば、(1)  被上告人が昭和四六年一二月二二日小樽簡易裁判所において普通乗用自動車による業務上過失傷害罪により罰金四万円の略式命令を受けたこと、(2)  被上告人はまた、(イ)売春防止法違反、(ロ)北海道青少年保護育成条例違反及び(ハ)暴行の各罪を犯し、同年七月三〇日札幌地方裁判所小樽支部において右(イ)及び(ハ)の罪につき懲役一年、右(ロ)の罪につき罰金二万円の判決を受け、控訴したが、昭和四七年三月二八日札幌高等裁判所において右(ロ)の罪については控訴棄却、右(イ)及び(ハ)の罪については原判決を破棄のうえ懲役八月の判決を受け、更に上告したが、本件処分後の同年九月一九日右上告を取り下げたこと、(3) 右各罪のうち、(1) の罪はタクシー営業中に犯したものであり、(2) (イ)の罪は被上告人のタクシー営業車両を利用して犯したものであり、同(ハ)の罪は第三者の車両内で犯したものであることは、当事者いのない事実であり、また、右(2) (ロ)の罪は、被上告人が、そのタクシー営業終了後その営業車両に被害者を同乗させてドライブをした後、犯行場所である旅館「京園」から約二〇〇メートル離れたところに同車を駐車し、他で食事を共にしてから徒歩で右旅館に連れて行つて犯したものであることは、被上告人の自認するところである。以上の事実によれば、被上告人は遵法精神に欠け反社会性の強い罪を犯し懲役刑にも処せられた者であり、しかも、右犯罪にはいずれも車両が関係し、かつ、そのうちにはタクシー営業中に犯したもの及びその営業車両を利用して犯したものさえ含まれていることが明らかであるから、被上告人は旅客の輸送にあたるいわゆる個人タクシー事業を経営する者としては著しく不滴当であるというべく、被上告人の本件免許期限の変更を許すことは公衆の利益に反するものといわなければならない。そうすると、右免許期限の変更を許さないとした本件処分は、結局、正当というべきであるから、右処分の取消しを求める被上告人の本訴請求を棄却した一審判決はその結論において相当であり、本件控訴はこれを棄却すべきものである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 江里口清雄 天野武一 高辻正己 服部高顯 環昌一)

上告理由

第一点原判決は、一般自動車運送事業の免許に付された期限の変更を求める申請につき許否の処分を行うに当たつての審査基準に関し、道路運送法(以下「法」という。)六条及び一二〇条の解釈を誤り、ひいては本件処分の適否の判断に審理不尽、理由不備の違法を犯したものであつて、この法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 上告人は一、二審を通じ、本件処分の理由として、被上告人が本件免許の期限到来前三年内に、タクシー営業中に犯した業務上過失傷害罪につき罰金刑に処せられたほか、自己所有のタクシー営業車両を利用して犯した売春防止法違反及び北海道青少年保護育成条例違反の罪並びに第三者の車両内で犯した暴行罪につき懲役八月罰金二万円の有罪判決を受けた(本件処分後に判決確定)との事実を指摘した上、右の事実によれば、被上告人は遵法精神に欠けるところがあるばかりでなく、旅客を懇切丁重かつ安全に輸送する業務に従事する者としては著しく不適当であり、これに対して事業を継続させることは公益上不適切であるので、上告人の免許につき期限の変更を許すことは法六条一項四号、五号の基準に適合しない旨主張したのに対し、原判決は、免許の期限の変更は、原則としてこれを認めなければならず、ただ、これを認めることが公衆の利益に反すると認められるときに限つてこれを認めないことができるものとするのが法の趣旨であると解するのが相当であつて、右審査基準は、明らかに法六条の新免許付与の審査基準とは異なり、それよりも相当ゆるやかなものであるから、免許に付された期限の変更の申請があつた場合に法六条一項所定の事由に照らして審査し、これに適合しないからといつて直ちに右期限の変更を認めないことにすることは許されないとして、本件処分はその余の判断をするまでもなく違法なものである旨判断している。

二 しかし、原判決の右の判断は、免許期限の変更がいかなる法的性格を有するかの問題とその許否の審査についていかなる基準が適用されるべきかの問題とを混同する誤りを犯している。すなわち、上告人は、後に述べるように、免許期限を延長して変更する行為(以下「免許期限の変更」という場合は、原則としてこの行為を指す。)の基本的な法的性格は実質的に新規免許というべきものであつて、その許否は、基本的には法六条に規定する審査基準に照らして判断されるべきものと解するのであるが、このことは、免許期限の変更の許否が新規免許の場合と全く同一の具体的基準に基づいて審査されるべきことを意味するものではない。既に免許を受けて事業を継続してきた実績を有する者に対してその免許期限を延長して変更すべきか否かの判断と新規免許の許否の判断の観点が実際上全く同一であり得ないことは多言を要しないところであり、したがつて、両者の各場合においてそれぞれ具体的な判断基準が異なる結果となるのはけだし当然のことである。両者ともに法六条の規定に照らして判断されるべきであるといつても、同条の文言から明らかなように、右規定の各基準は極めて一般的、抽象的に表現されているにとどまるから、実際の審査において具体的基準として充足されるべき具体的内容は、両者の場合でおのずから異なることになるのは当然である。以上のような意味において、上告人は免許期限の変更について法六条が「準用ないし類推適用」されると述べてきたのである。

三 そこで、まず、免許期限の変更の法的性格を明らかにする必要がある。

免許には期限を付することができる。そして、付された期限を変更することもできる(法二一〇条一項)。したがつて、理論的には、これを延長することも、短縮することも、また確定期限を不確定期限に変えることも可能であると解される。このことから明らかなように、免許期限の変更一般の法的性格を一義的に言うことはできない。その態様によつて、その実質的な法的性格は、免許の更新であり、あるいは免許の取消しであり、またその他の行政監督上の命令でもあり得るのである。そして、本件の免許期限の変更が、実際上、免許の更新ないし延長の実質を有するものであることは明らかである。

法四四条は、免許期限が満了した場合(同条四号)には、事業の廃止許可があつた場合(同条二号)等と同様に免許の効力を失うものと規定している。したがつて、本来なら期限が満了する場合にその期限を延長して変更することは、あたかも廃止許可後再度事業を行うことを認める場合にも類似して、期限満了と同時に新規免許を与えるという実質的意味を有するものということができるのである。確かに、原判決が指摘するように、免許期限の変更の場合については、事業の譲渡、譲受等の場合(法三九条三項、四〇条三項)のように法六条を準用する旨の規定はないが、これは、免許期限の変更といつても前記のように態様によつてその実質的性格はいろいろあり得るのであつて、単純に法六条を準用するというわけにいかないことによるものであると解すべきである。すなわち法は、新規免許の実質を有する免許期限の延長変更の許否は当然法六条に照らして判断されるべきであると考えたからこそ、準用規定を設けなかつたものと解するのが相当である。換言すれば、事業の譲渡、譲受、相続の場合は、免許の効力がなお存続中であるにもかかわらず新規免許の場合と同様の審査をする必要が生じた場合であるから、特に準用規定を設けたものであつて、準用規定の無いことから、直ちに新規免許の実質を有する免許期限の変更の場合について法六条の準用を否定することはできない。

四 ところで、免許期限の変更は新規免許の実質を有するものと解すべきであるが、このことが直ちに両者の許否についての具体的な審査基準もまた同一でなければならないことを意味するものでないことは、前記のとおりである。しかし、法は、免許期限の変更許否の審査基準を直接明記してはいない。したがつて、実定法上、右許否の判断は行政庁の裁量にゆだねられていることになるが、免許期限の変更が新規免許の実質を有する以上、行政裁量の客観性を担保するため、右変更の許否を法六条の基準に照らして判断するのは決して不合理ではない。問題は、一般的、抽象的な表現によつて示されているにすぎない右基準の中に免許期限の変更許否の判断のためいかなる具体的審査基準を盛り込むかということである。端的に言えば、免許期限の変更においては、被免許者に関するいかなる具体的事実に基づいてその許否を決めるべきか、右基準の具体的運用はいかにあるべきかということである。

思うに、法一二〇条二項は「前項の条件又は期限は、公衆の利益を増進し、又は免許、許可若しくは認可に係る事項の確実な実施を図るため必要な最少限度のものに限り、且つ、当該道路運送事業者に不当な義務を課することとならないものでなければならない。」と規定しており、この規定の法意が免許期限の変更の場合にも生かされなければならないことは明らかである。しかし、この規定は、その文言から明らかなとおり、何ら免許期限の変更許否のための具体的な審査基準を示してはいない。したがつて、右規定は、右変更許否を法六条の基準に照らして判断することの妨げになるものではない。すなわち、免許期限の変更に当たつての審査において、法六条を準用しても、その制約は、「公益を増進し免許に係る事項の確実な実施を図るため必要な最少限度のもの」なのであつて、「事業者に不当な義務を課する」ものではない。すなわち、本来法一二〇条二項は、適正な道路運送行政の遂行という観点から、免許等に条件、期限を付するに当たつてとるべき基本的態度を記したものであつて、その適用について法六条と択一的関係にあるというような性格のものではないから免許期限変更の許否を法六条に照らして判断したからといつて、そのことが法一二〇条二項の趣旨に適合しこそすれ、それに抵触するということになり得ないのである。そもそも、道路運送行政上個人タクシー事業免許に期限を付することとしている趣旨は、新規免許の際は法六条一項に規定する各基準に適合していても、その後の時の経過とともにその基準に適合する事由を欠くに至る場合が当然あり得るから、公衆の利益を増進し免許に係る事項の確実な実施を図るための必要な最少限度のものとして期限を付し、事業遂行のための必要条件が確保されているかどうかを定期的に見直す機会を設けるということにある。この意味では、個人タクシー事業免許の場合、法六条一項所定の事項は、事業継続の要件であるともいい得るのである。もつとも、同条一項一号、二号のような需給関係に関する基準は、必ずしも被免許者のみにかかわる事項ではないから、これらの事項について期限の到来のたびごとに新たに判断するのは合理的でないとしても、同項三号、四号の基準更には同項五号の適切性の基準は主として被免許者に関する事由に係るものであつて、これらの事項を事業継続の要件と見ることに何ら不都合はないはずである。したがつて、道路運送に関する秩序を確立し公共の福祉を増進する(法一条)という法の目的及び免許の期限に関して法一二〇条二項が示すところの公衆の利益を増進し免許に係る事項の確実な実施を図るため必要な最少限度のもので、事業者に不当な義務を課することとならないという観点から見ても、少なくとも法六条一項三号、四号及び五号の適切性の基準は、これを免許期限の変更の許否に当たつての審査基準とすべきものであることは当然である。

五 ここで重ねて強調しなければならないのは、前述のとおり、法六条の規定を準用ないし類推適用するといつても、それは直ちに新規免許の場合と全く同一の具体的審査基準を適用することを意味するものではないということである。免許期限の変更を申し出る者は既にいつたん法六条一項所定の審査基準に適合し、三年以上の個人タクシー事業の経験を積んでいるのであるから、三年という時の経過によつて特段の変化、変更がないのが通常であるといえる法令知識、事業計画等に関しては、更に審査を要しないこととし、健康状態、その他時の経過に伴つて不適格という事態が生じ得る事由についてのみ期限変更の際に審査しているのにすぎず、更に原判決も指摘するように、当該被免許者は、これまでの間資本を投じて事業を行つてきた実績を有するため、期限変更の許否については、新規申請者以上に利害関係を有することにかんがみ、新規免許の場合に比べて相当ゆるやかな基準によつて審査しているのであつて、その結果特段の事由がない限り期限変更の申出はすべて認められているのが実情である。

本件処分の具体的理由であるところの売春防止法違反及び北海道青少年保護育成条例違反の各犯罪事実は上告人所有のタクシー営業車両を利用して犯したもの、業務上過失傷害罪はタクシー営業中に犯したもので、その上暴行罪も犯しており(一審判決参照)、しかもこれらの犯罪事実の内容(<証拠略>参照)から見れば、被上告人がこれらの犯罪を犯し処罰されたことは、新規免許の場合よりも被上告人にとつて相当緩やかに審査してもなお免許期限の変更を拒否すべき十分な実体を有することに疑いの余地がない。そうだとすれば、仮に原判決がいうように新規免許の審査基準である法六条が期限変更の際の審査基準の考え方の基本を示す法一二〇条二項に比して、文言上はるかに厳格なものであるとしても、右のような被上告人の行為に照らせば、本件の免許期限の変更を認めなかつたことが法一二〇条二項の法意に抵触するとは到底いい得ないはずである。換言すれば、本件の場合、本件処分を行うべきであるとの判断が法六条を準用ないし類推適用してなされたというか、法一二〇条二項の法意に従つてなされたというかは、単なる説明の差異にすぎないのである。

六 以上に述べたとおり、一般自動車運送事業の免許期限の変更申請について許否の処分を行うに当たり、法六条一項四号及び五号をその審査基準として用いることは、免許に期限を付し、及びこれを変更することを一定の制限の下に認めた法一二〇条の立法趣旨に合致こそすれ、何らこれに違背するものではない。

しかるに原判決は、この点に思いを致さず、被上告人にタクシー営業に関し上告人主張の非行のあつたことが本件免許期限の変更申請に対する拒否事由となるか否かについて実質的な判断をすることなく、上告人が免許期限の変更の許否につき法六条を準用ないし類推適用して判断したことの一事をもつて直ちに本件処分を違法と断定しているのであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法六条及び一二〇条の解釈の誤り並びに審理不尽、理由不備の違法があり、この点において原判決は破棄を免れない。

第二点原判決が本件処分の適法性に関する上告人の予備的主張をそれ自体失当として排斥したのは、本件訴訟における審理の対象を誤認し、かつ、不当な主張制限を課したものであつて、これらの訴訟手続の法令違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 原判決は、上告人が原審において本件処分の適法性に関し、予備的に「仮りに個人タクシー事業の経営免許期限の変更を認めるか否かにつき、法六条を審査基準とするのが妥当でなく、右の審査基準としては法一二〇条二項の趣旨によつて、右期限の変更を認めることが公衆の利益に合致するか否かによるべきものとしても、被上告人は、遵法精神に欠け、反会社性の高度な犯罪を犯し、懲役刑にも処せられた者であり、旅客を懇切丁重かつ安全に輸送する業務に従事する者としては著しく不適当であり、従つて被上告人の免許期限の変更を認めることは公衆の利益に反するものといわなければならないから、本件処分は適法である」と主張したのに対し、同一文言による免許期限の変更を認めない処分であつても審査基準を異にした処分は別個の処分と考えられるのみならず、上告人が行政庁として被上告人の本件申請につきいまだそれによつて審査していないところの右審査基準によつて裁判所が本件処分の適否を判断することは、被上告人から本件免許の期限変更についての法律の定める行政手続の保障をはく奪してしまうことになることを理由として、上告人の予備的主張に基づき本件処分の適否を判断することは許されない旨説示し、上告人の予備的主張を主張自体失当として排斥している。

二 しかしながら、行政処分取消訴訟の訴訟物は処分の違法一般であり、取消訴訟において被告行政庁は特段の制限規定がない限り処分の効力を維持するための一切の法的根拠を主張することができるものと一般に解されている。本件処分は、被上告人の申請に係る一般自動車運送事業の免許期限の変更を認めないことを内容とする拒否処分であるが、法は、かかる処分を行う際に具体的処分理由事実及び根拠法条を相手方に告知すべきことを要求していない。したがつて、本件処分の違法が争われている本件訴訟の審理の対象は被上告人の申請に対する一切の拒否理由の有無であつて、被告行政庁である上告人は、本件処分を適法ならしめるあらゆる事由を主張することができるものといわなければならない。

また、被上告人の本件免許期限の変更申請は一個であり、これに対する応答としての行政庁の期限変更を認めない旨の意思表示も当然一個しかあり得ないのであるから、訴訟において具体的処分理由事実又はその根拠法条に関する主張を追加又は変更しても、そのため処分の同一性を欠くに至るものでないことはもちろんであり、この点において、原判決が審査基準を異にした処分は別個の処分であると解したのは明らかに誤りである。もし原判決のように解するときは、本件処分のように処分を行う際に具体的処分理由事実及びその根拠法条を相手方に告知すべきことを要求されていない処分については、処分の同一性を識別し得る基準がなく、処分の同一性は、当該処分の取消訴訟における被告行政庁の処分の根拠法条に関する最初の主張によつて特定せざるを得ず、被告行政庁の主張の仕方のいかんによつて処分の同一性が左右されるという結果を招来する。この結果が不合理であることは疑いをいれないところである。

三 そもそも、本件は、被上告人がタクシー営業中に又は自己所有のタクシー営業用車両を利用して犯罪を犯し処罰されたという具体的処分理由事実が免許期限の変更の正当な拒否理由に当たるか否かが争いとなつている案件にすぎず、右具体的処分理由事実がいかなる審査基準に適合しないこととなるのかは、実体法規の適用に関する問題であり、審査基準の根拠法案に関し上告人が主張を追加又は変更しても、それは法的評価ないしは法律的な説明の仕方を変えただけであつて、その相異が処分の同一性に影響を与えるものであるとは到底考えられないところであるのみならず、本件において、審査基準の根拠法条が法六条一項四号及び五号であるか、それとも法一二〇条二項であるかによつて、申請に対する審査及び処分の手続に差等はなく、法一二〇条二項を審査基準とする場合において、法六条を審査基準とする場合よりも一層丁重な手続をふむこと(たとえば、処分前に聴問を経ること等)が法律上要求されているわけではないから、上告人が予備的に主張する審査基準によつて裁判所が本件処分の適否を判断しても、それは原判決のいうように「被上告人から本件免許の期限変更についての法律の定める行政手続の保障を剥奪してしまうことになる」ものではない。かえつて、裁判所が右の点につき判断をせず、被上告人の申請につき改めて行政庁に判断させるみちを選ぶことは、その実益に乏しいばかりか、手続上の経済にも反し、ひいては国民の権利利益の救済に迅速を欠くおそれが生ずるものとさえ言うことができるのである。

四 以上の次第であるから、原審としては、すべからく上告人の予備的に主張する法一二〇条二項の趣旨に基づく審査基準に照らし本件処分の適否を判断すべきであつたにもかかわらず、原判決は、裁判所が右審査基準により判断することは許されないとの見解の下に上告人の予備的主張を撲斥したものであつて、原審のこの措置が違法であることはいうまでもなく、右の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

よつて、この点においても原判決は破棄されるべきものと思料する。

以上

【参考】第二審判決

(札幌高裁 昭和四九年(行コ)第一号 昭和五一年八月三〇日 判決)

主文

一 原判決を取消す。

二 被控訴人が控訴人に対し、昭和四七年七日一四日付けをもつてした「昭和四一年七月八日付け札陸自認第一一二〇号をもつてした一般乗用旅客自動車運送事業(一人一車制)の経営免許の期限の変更は認めない。」との処分を取消す。

三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一 被控訴人がその管轄区域内のタクシー事業の免許及びその条件、期限の変更について運輸大臣から権限の委任を受けていること、控訴人は昭和四一年七月八日被控訴人から札陸自認第一一二〇号をもつて道路運送法(以下、単に「法」という)第三条二項三号に基づく一般乗用旅客自動車運送事業(但し一人一車制のいわゆる個人タクシー事業)の経営免許(以下、「本件免許」という。なお、以下単に「免許」というときは個人タクシー事業の経営免許をいうものとする。)を受けたこと、右免許には当初昭和四四年七月一五日までとの期限が付されていたが、昭和四四年七月七日に右期限は同四七年七月一五日までと変更されたこと、そこで控訴人は昭和四七年六月一九日に被控訴人に対して再び本件免許の期限の変更を申請(以下、「本件申請」という)をしたところ、被控訴人は同年七年一四日付けをもつて控訴人に対して「昭和四一年七月八日付け札陸自認第一一二〇号をもつて免許した一般乗用旅客自動車運送事業(一人一車制)の経営免許の期限の変更は認めない。」旨の処分(以下、「本件処分」という)をしたこと、控訴人は昭和四七年九月一三日運輸大臣に対して本件処分についての審査請求をしたが、この後三ケ月以上を経過した現在なおこれに対する裁決がなされていないことは当事者間に争いがない。

二 本件処分が行政事件訴訟法にいう抗告訴訟の対象となる行政処分にあたることは、当事者間に争いがないので、本件処分が適法になされたものか否かについて判断する。

本件処分は、控訴人が被控訴人の主張の罪を犯して刑罪に処せられたことにより(但し、本件処分当時未確定)、控訴人の本件免許の期限を変更するのは、法第六条一項の四号及び五号所定の新らたに免許を与える場合の基準に適合しないことを理由としてなされたものであることは当事者間に争いがない。

そこで、免許に付せられた期限の変更の申請があつた場合に、新らたに免許を与える場合の基準である法六条一項所定事由に照らして審査して、これに適合しないからといつて直ちに右期限の変更を認めないことにすることが許されるか否かについて考察する。

この点につき、被控訴人は、免許に付せられた期限の変更を認めるべきか否かにつき法第六条一項所定事由を審査基準とするのは、右期限の変更は新らたな免許を付与する行為であるからだと主張する。成る程、法第四四条四号によれば、免許に付した期限が満了したときに免許はその効力を失う旨規定されている。しかしこれは期限の性賓上当然のことを規定したまでであつて、この規定を根拠として直ちに被控訴人の右主張のような結論を導き得るものではない。期限の変更を認めるべきか否かについての審査基準について、法は明示的にはなにも規定していない。しかしこのことかち直ちに被控訴人の右主張のような結論を導き出すこともできない。蓋し、法が若し期限の変更をもつて被控訴人の右主張のように、新らたな免許を付与する行為であるとしたものであるならば、期限の変更の審査基準として法第六条を準用する旨の規定を当然に設けたものと考えられるからである(法第三九条三項、第四〇条三項参照)。要するに、期限の変更をもつて新らたな免許を付与する行為と見るべき法上の根拠は見出し難い。期限の変更を認めるべきか否かを新免許の基準である法第六条によつて審査するのは実質的に考察しても、相当ではない。蓋し、自動車運送事業の免許は、公企業の特許たる性質のものではあるが、免許期限の変更を申請する者は既に法六条の免許基準に適合するものとして免許を受けている者であるのみならず、資本を投じて事業を行なつてきた実績を有し期限変更を認められるか否かについては、新らたに免許を受けようとする者が免許を受けられるか否かとは比較にならないような重大な利害関係をもつものだからである。そもそも、免許の条件又は期限は、公衆の利益を増進し、又は免許に係る事項の確実な実施を図るため必要最少限度のものに限り、且つ当該道路運送事業者に不当な義務を課することとならないものでなければならないことは、法第一二〇条二項の明定するところであつて、これによれば、少くとも法の建前としては、免許に期限を付するのは公益的見地よりする例外的なものであり、従つて法が免許に条件又は期限を付することについて右のような形で制限規定を設けた趣旨からすれば、免許の期限の変更は、原則としてこれを認めなければならず、ただこれを認めることが公衆の利益に反すると認められるときに限つてこれを認めないことができるものとするのが法の趣旨であると解するを相当とする。右審査基準は、明らかに法六条の新免許付与の審査基準とは異なり、それよりも相当ゆるやかなものである。

右のとおりであるから、免許に付せられた期限の変更の申請があつた場合に法第六条一項所定の事由に照らして審査し、これに適合しないからといつて直ちに右期限の変更を認めないことにすることは許されないものといわなければならない。そうだとすると、本件処分は控訴人の本件免許につき、期限の変更を認めるべきか否かの審査基準を誤つてなされたものといわざるを得ないから爾余の判断をなすまでもなく違法なものである。

三 被控訴人は、免許期限の変更を認めるべきか否かにつき、仮に右期限の変更を認めることが法第一二〇条二項の趣旨により、公衆の利益に合致するか否かを審査基準となすべきものとしても、控訴人の本件申請に対し免許期限の変更を認めることは、公衆の利益に反し、右審査基準に適合しないから、結局において本件処分は適法であると主張する。

しかしながら、同一文言による免許期限の変更を認めない旨の処分であつても、審査基準を異にした処分は別個の処分と考えられるのみならず、被控訴人が行政庁として控訴人の本件申請につき未だそれによつて審査をしていないところの右審査基準によつて当裁判所が本件処分の適否を判定することについては、抗告訴訟の本質に照らして、司法審査権の及ばない事項について判断することになりはしないかという問題があり、被控訴人が本訴において右のように主張していることによつて、そのこと(当裁判所が本件処分の適否を判定すること)が行政権を侵犯することにはならないとしても、当裁判所が右審査基準に従つて本件処分の当否を判断してしまうことは、控訴人から本件免許の期限変更についての法律の定める行政手続の保障を剥奪してしまうことになるので、当裁判所が被控訴人による前主張のような審査基準の転換を是認して、本件処分の適否を判断することは、許されないものといわなければならない。

よつて被控訴人の前記主張は、主張自体失当といわざるを得ない。

四 そうすると、本件処分の取消を求める控訴人の本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく理由があるからこれを認容すべきである。

よつて、これと異なる原判決は失当であるから行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第三八六条に則つてこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎富哉 長西英三 山崎末記)

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